テーマ分析:体の上下動と膝の屈曲、そしてブレーキと加速の関係

分析:テーマ編

動的指標:上体上下動、膝の屈伸、大腿角度、速度変動

走ると体が上下動しますが、それは着地と跳躍の繰り返しのために自然なことですが、ランナーや走る速さの違いで上下動の大きさや雰囲気が何となく違いますよね。

両脚が地面を離れている時は放物運動だから、どんなランナーでも同じなはずなのに、何が違うのかと思う方もいると思います。
ということで、ここでは1人の市民マラソンランナー(男性)データを使って、身体の上下動の主な原因や特徴を解析してみました。

|| 上体(頭)の上下動

図1の上体(頭)の位置の上下動を見ると、

  • 左着地(Left Landing)と右着地(Right Landing)の期間に最も低くなり、両脚が離れている期間に最も高くなっています。(その極大、極小値もそれぞれの期間のほぼ中央付近にあります)
  • また、それぞれの最高到達点と最低下降点も左右の着地で異なっています。

ということがわかります。
この理由を簡単に説明すると、

  • 着地で身体が下降するのは、着地衝撃を吸収するために自然に膝が曲がる。
    その後膝が伸びて上体が上昇します。その切り変わる点が最下点です。
  • 両脚が離ればあとは放物運動の動きに従い、最高点(極大)に達し再び下降する


なお、着地時の衝撃吸収は、膝の屈曲以外にも、着地初期の接地部分がフォアかヒールかで異なるものや、足裏のアーチ、シューズのソールなどでも衝撃吸収はありますが、ここではその影響を分離していません。

また、体幹が弱いと着地で身体の上部が前方に傾いたり(腰折れ)、頭が下を向く場合もあるかもしれません。今回は、フォーム測定という環境下でほとんどのランナーは、上体や頭部がしっかり姿勢が保たれていたので、膝の屈伸を中心に評価を行っています。

|| 着地時の膝の曲がり

🔹膝の角度の定義

グラフを見る前に、膝の角度(Knee_A2)を定義しておきます。
写真は、左右それぞれの着地時のフォームを示したもので、膝の角度は膝がまっすぐに伸びたときが180度、膝が屈曲し完全に閉じた時が0度になります。

(補足:写真に示した角度を示す黄色い線は、ランナーとカメラの位置関係で見る角度により変わってしまいます。評価するときは、それらを3次元的に補正して正しい角度として求め直しています。)

🔹膝の角度変化

次に、その膝の角度変化(図2)を見てみます。
緑の線が右膝で、着地した瞬間から曲がり始め#21付近で極大となり、再び膝が伸びていきます。
この膝の角度変化の極大点は、先の身体の最大降下点と一致しています。

図2 左右の膝の角度変化

|| 左右の大腿の角度変化

ここで、大腿(上脚)の角度変化を見ると(図3)、身体が最も下がる(膝の屈曲が極大となる)タイミングが、左右の大腿の角度が一致するタイミングとほぼ一致しています。
先のフォームの写真1の2つのフォーム(フレーム#1と#20)は、それぞれこのタイミングでのフォームになってます。

写真を見てもわかるように、このタイミングの特徴的なことは、着地の中間あたりで、遊脚(後方にある脚)の大腿が支持脚の大腿を追い越して前に出る瞬間だということです。

図3 大腿(上脚)の角度

|| フォームの遷移からの加速するタイミング

これまで説明した内容をフォームの遷移(図4)を使って説明します。
(グラフの時間方向が左から右ですが、フォーム遷移では右から左へ時間が進んでいるので注意)

床反力でランニングを解析した論文(阿江通良ほか 日本体育学会 1984の論文を引用した仰木裕嗣のまとめを参照)から、接地の前半は進行方向のブレーキとなり、後半は床を後ろに押して体が加速されることがわかっています。

このことをこれまでの解析グラフと重ねると下記のことが分かります。

  • 支持脚が前にある時は減速(ブレーキ)となり、
  • 遊脚の大腿が支持脚の大腿を追い越した瞬間から(イラスト中の矢印)やっと、支持脚で地面を後方に強く押すことができ、遊脚を支持脚より前方に強く振り出す(加速する)ことができるようになる

ランニングしている方なら知ってる方もいると思いますが、「速く走るためには後方の脚を出来るだけ速く前に引いて前方に振り出すことが重要」と言われています。そして、加速するには、着地している時に地面からしか推進力をもらえないので、このことは大事ですよね。

図4フォームの遷移 

🔹なぜブレーキが発生する? 減らせないの?

先の論文からも、測定の結果全ての速度の走り方にブレーキ成分があることや、速度が速いと床の水平方向の力(減速、ブレーキ)も大きくなることが示されています。

そもそもこのブレーキが現れる具体的な原因、メカニズムは具体的に何だろう?と考えたことはありませんか。さらに、ブレーキを減らせる走りがあれば速くなるはずなのにという漠然とした期待から、自分なりに考えて出た結論が下記です。
(新しいことでは無いのですが、筆者個人の理解の仕方と捉えてください)

支持脚が接地でブレーキとなることで初めて、遊脚である後ろ足が慣性(惰性で)前に振ることができる

ちょうど、遊脚の片端が股関節で固定され、反対の端の足は固定されていないので、急に身体が停止(ブレーキ)すれば、固定されていない遊脚は、膝、足が前方に振られるわけです。

下記の棒のアニメのように、片端だけ固定した棒を水平に動かし、急に止めると棒の反対の端や重心は、そのまま進み続けようとするから結果的に、支点を軸に弧を描くように棒は動くことになります。これと同じことが遊脚で起きている自然な現象といえそうです。

一定速度 

急に停止 

もし、ブレーキが無いとか小さい場合、その分遊脚は前方向へ振れないか遅くなってしまいます。
ということで、後ろ脚を前に持っていかなければいけない走方において、このブレーキは必要なものであり、ブレーキだけ減らすということは意味がない(できない)ことが分かります。

ブレーキの量が変えられないものとしても、遊脚を前に速く振れれば、次の加速するための、脚の振り上げを早く開始でき、早く加速動作に繋げることができます。
すなわち、膝をたたんで脚を実質的に短くする(脚の重心を大転子に近づける)こで、効率的に脚全体を素早く前方に持ってくることができるようになります。

着地後の後ろ脚のリカバーの重要性の「膝をたたんで後ろ足を素早く前にもってこい」とよく言われていることが、物理的にも理にかなったことだとわかった次第です。

|| 速度の変化(減速と加速)

では、みなさんは走っている時に一歩ごとにブレーキと加速を感じながら走っているでしょうか。

短距離走でのスタート開始からトップスピードになるまでなら、加速を感じるかもしれませんが、一定速度になったら一歩ごとに減速や加速を感じにくくなるとと思います。(筆者は残念ながら足が遅いので、うまく体感できません)

とはいえ、実際のところ一歩ごとに減速と加速を本当に繰り返しているのか、どの程度なのか知りたいと思いませんか?
ということで、弊社ではこれを測定しています。

🔹減速(ブレーキ)と加速

図4は進行方向の速度変化の測定結果です。この時のランナーはマラソンの速いペース(3’40″/km、または時速16km/h)で走行しています。

一歩ごとの減速、加速は見られず、左右の脚運びで一つの減速・加速のリズムで走っています。
右脚着地と蹴りで加速され、左脚着地で減速を繰り返してます。
本来、空走期間中は一定速度のはずですが、速度を耳の部分で取得しているのですが、上体が前後に揺れる振動が乗っているのかもしれません。ここは、まだきちんと分離できていない項目です。次の課題にしています。

また、速度変化に関しては個人差が大きく、また、マラソンでは少なく、中距離、短距離走で顕著に発生する傾向にあります。

図4 進行方向の速度変化

いずれにしても、このランナーの走り方の特徴としては「右脚の蹴りで左脚を前方に振って加速する」という左右差のある走り方をしていることが分かります。その前提で下記のアニメーションをじっくりみると、その傾向が確認できるかと思います。
左右差については、別のテーマとして取り上げていますので、そちらを参考にしてください。

まとめ

着地期間中に身体が最初下降するのは、膝を曲げることで着地衝撃を吸収するため

支持脚(の大腿)が遊脚(の大腿)より前にある間は、支持脚がブレーキの働きをしている

そのブレーキにより、遊脚が慣性力で前方向に振られる

そのため、後ろから遊脚を速く引くには膝をたたんで、実行的な脚の長さを短くする(重心を股関節に近づける)ことが効果的である

最も膝が曲がる時(極大)は、身体が最も下降するタイミングと一致し

かつ遊脚の大腿が支持脚の大腿を追い越す瞬間と一致しているため、減速と加速のモード切り替えがこのタイミングで起きている

それ以降の着地後期は、支持脚で地面を押しながら遊脚を前方向へ、(自分の意思で)強く振り出すことができ、加速に寄与する

|| 参考文献:着地にともなう床反力の測定

🔹 速度増加に伴う地面半力の変化

走った時の地面に対する力のかかり方を、床反力マットを用いて(一歩分のデータを)測定したものです。
低速から高速までの5つの速度の走行時の、水平方向と鉛直方向の力を示しています。
赤線は接地時間(Ground Contact time)が、0.23secなので、マラソンランナの速度とみなしました。

ランニングにおける床反力の研究(慶応大)
出典: 慶應義塾大学SFC研究所 2008年度学術交流支援資金研究報告 3-8 
スポーツバイオメカニクス 政策・メディア研究科准教授 仰木裕嗣
https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/report/gakujutsu/2008/3-8/SB_09.pdf

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